トップ > ルイヴィトンの歴史 > 【ルイヴィトンの歴史】(1821年〜1892年)

【ルイヴィトンの歴史】(1821年〜1892年)

ルイヴィトンの歴史】(1821年〜1892年)

ルイ・ヴィトンが評価されるようになったのは、創始者であるルイ・ヴィトンが亡くなった後のことです。

ヴィトンは、まず「グリ・トリアノン・キャンパスGris Trianon」というトランク工場として創始され、このトランクは、灰色のキャンバス地で覆われており、とても軽量なものでした。


1821年、創業者のルイ・ヴィトンがフランスのジュラ山脈山麓のジュラ県内アンシェイに生まれる。

1835年、14歳の時、粉屋を営む家庭での折り合いがうまくいかず家出し、徒歩でパリへ向かう。

1837年、400キロにわたる徒歩の道中、様々な仕事をこなしながら、2年の歳月をへてパリへ到着。荷造り用木箱製造兼荷造り職人の見習いになる。

1854年、彼はエミリー(Emilie Clemence Pariaux)と結婚、3年後の1857年には息子のGeorges Vuittonが生まれます。

1854年 トランク工場を創設。

1860年、ヴィトンは需要に押されて規模を拡大しました。

1867年、ルイ・ヴィトンは世界博覧会で銅メダルを獲得!

これにより、世界的な評判を得、1869年にはエジプト総督のイスマーイル・パシャが、1877年にはロシアのGland Dude Nicholasがそれぞれ、1セットのトランクを発注しました。

また、当時の世界的に力を持っていたスペインの王アルフォンス11世からも、トランクの注文を受けます。


トランクの上から、布地を貼るというヴィトンの技法は賢明であったが、容易にコピー商品が出回ることとなり、1872年、ヴィトンは別の布地を使うようになりました。

この布地は、「Striped Camvas」として知られているベージュと赤の2色で色づけされた布地ですが、この布もすぐにコピー商品が出回ることとなった。


だが、コピー商品に押されることなく、彼のビジネスは成功を収めました。

また、私生活の方も衰えることはなく、1880年には息子のGeorges VuittonがJosephine Patrelleと結婚♪

入籍当日に、彼は息子にスクリーブ通りの店を任せます。

その3年後、Georgesにも子供が産まれ、ルイ・ヴィトンは祖父となりました。


1885年、ルイ・ヴィトンはロンドンに進出!

1885年 ロンドンに直営店をオープン。

1888年、息子のGeorges Vuittonが、ベージュと茶褐色のチェス盤に、ルイ・ヴィトンの銘が入った「ダミエ・ライン」と呼ばれるデザインを考案。

1889年 模倣品の防止の為から、ダミエのデザインを考案する。

1889年のパリ世界博覧会で、ルイ・ヴィトン社に金賞をもたらした。

しかし、商標登録もされていたにも関わらず、またコピー商品が出回ることとなった。


1892年、ルイ・ヴィトン社はハンドバッグの販売を開始、トランクやハンドバッグなどが掲載された最初のカタログもリリースされました。

その年の2月27日、ルイ・ヴィトンは自宅で息を引き取り、Georges Vuittonが会社の全権を握ることとなります。

◆ホームページ(英語、日本語)
ルイヴィトン公式サイト

この記事のカテゴリーは「ルイヴィトンの歴史」です。
ルイヴィトン関連記事

【ルイヴィトンの歴史】(1821年〜1892年)

【ルイヴィトンの歴史】(1821年〜1892年) ルイ・ヴィトンが評価されるよう...

【ルイヴィトンの歴史】(1896年〜1987年)

【ルイヴィトンの歴史】黄金期 ルイ・ヴィトンの死後、Georges Vuitto...

【ルイヴィトンの歴史】(1987年〜2003年)

1993年、老舗としてのルイヴィトンは、タイガライン(男性用)、オペララインを発...